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どう「教わるか」は生徒が出来ること (2)積極的に訴える

教わり方について思うこと、ふたつめです。


<関連記事>
自分が出来るのと、教えるのとは全然違う。大学教員と楽器の先生の共通点?
先生の禁句「どうして出来ないの」
どう「教わるか」は生徒が出来ること (1)課題の明確化




生徒の立場からは、
先生を教育して「よりよい先生」にする、
ということは、
ほとんど不可能だろう、
と思えます。


しかし。


私が大学生だった頃、
アルバイトとして家庭教師をしていました。

それを通じて思ったことのひとつが、
「自分が学ばせてもらっている」
ということです。

実際には、
生徒に勉強を教えているわけですが、
同時に、
教える側である私も、
色々なことを教えられたように思います。

それは、
指導の方針や説明の方法のような、
技術的なことから、
生徒と、あるいはそのご両親と、
どのように接するかといった、
対人関係的なこと、
さらには、全体的な心構えまで、
「どうあるべきか」について、
教えられることばかりでした。


また、
その指導がどのような効果を発揮するかは、
生徒の態度によって多いに変わる、
ということも、
ずいぶんと実感しました。


教える私として助かるのは、
何でも、
分からないこと、
出来ないことを、
どんどん訴えてくる生徒です。

もちろん、
そのことが、
分かるようになりたい、
出来るようになりたい、
という意思があって、です。

教える側としては、
順序を踏んでいかなければいけないものもあり、
求められたからといって、
すぐにそれを教えるか・・・?
というと、
必ずしもそうはならないのですが、
それでも、
「何が分からないのか」を探す手間が、
一つ省けますし、
教えるべきことが沢山あるときに、
「何から始めるか」を、
決めることが出来ます。

指導をはじめるときに、
「なあなあセンセ、これ分からへん」
といってきてもらえると、
ほんと、ありがたい。


また、
もうひとつ重要な情報は、
その生徒が何を目指しているか?
です。
(何も目指してない、というのも含めて、です)

家庭教師をつけて、
何を達成したいのか。
行きたい上の学校があるのか、どうか。

どこを目指すかによって、
習得すべき内容の優先順位は変わります。

苦手を克服するべきか。
得意を伸ばすべきか。

こういう情報を、
生徒の側から発信してもらえると、
とても助かります。

というか、
そうでなければ困ります。


ということは。


これを生徒の側から見たならば、
より実質のあがる指導を受けたければ、

 長期的な目標をはっきりと伝えたうえで、
 自分が分からないこと、出来ないことを積極的に訴える

べきだ、ということになります。



そしていま。

チェロについては生徒の側にいる私ですので、
上記の経験から、
より実質のあがるレッスンにしたいと考え、
いまのところ、ですが、
積極的に訴えるようにしています。

これができない、
ここが難しい、
この音がきれいにでない、
ここの音程がとれない、
ここが痛くなる、
なんとなく変な感じがする、

などなど。


左手の問題だとおもって訴えたことが、
実は右手や姿勢の問題だったり、
それは今は保留にして、
となったりすることも多々あります。

また、
自分の演奏を聴いていただいたならば、
自分では思っていなかった課題を指摘されるのですが、
(ほぼ毎回、確実に:笑)
それはそれで、
そのためにレッスンに通っているのですし、
上記の「積極的に訴える」ことと、
矛盾するものではありません。


長期的な目標については、
私の場合は、

「室内楽を楽しめるようになりたい」
「バッハ無伴奏は全曲弾きたい」
(もちろんアマチュアとして)

という二点をお伝えしました。
 

このように生徒から発信したとき、
それをどう受け止め、
どう考え、
どのように指導に反映させる(あるいはさせない)かは、
先生によるでしょう。

また、
先生と生徒の関係としては、
生徒はおとなしく先生の指導を、
ただ受け入れるべきだ、
という考えもあるかもしれません。

しかし、
大人の趣味として楽器の指導をうけるとき、
先生、生徒もともに社会人ですし、
年齢もそれほど違わない、
場合によっては生徒のほうが年長、
ということもあります。

自分はこうしたい、
こういうことが出来るようになりたい、
という意思があって習いにいっているとき。

より活発な意思疎通が、
精神衛生上もよく、
よりよい効果をあげるレッスンにつながる、
と考えています。

生徒が先生を教育することは出来なくても、
よりよいレッスンになるように出来ることはある。

趣味の楽器は100%自分のためですから、
工夫や努力を惜しまずに、
最小の時間で最大の効果を上げる、
レッスンを受け、
練習をして行きたいと、思っています。




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テーマ : チェロ
ジャンル : 音楽

どう「教わるか」は生徒が出来ること (1)課題の明確化


楽器の「先生&生徒」シリーズを続けます。
今日のテーマは「教わり方」です。

<関連記事>
自分が出来るのと、教えるのとは全然違う。大学教員と楽器の先生の共通点?
先生の禁句「どうして出来ないの」



楽器の演奏を修得したい。
そのために先生に習いたい。


となったとき、
ふつう、考えることは、

「どうやって先生を見つけるか」

ということになるかと思います。

先生探し、あるいは、先生選び。

 どんな先生に習うべきか。
 そういう先生をどうやって見つけるべきか。

これについては、
先の記事のコメント欄にて、
うらら様、KUMA様、nuttycellist様より、
色々なご意見を頂戴しております。



私としましては、
特にそれに対して反論もありません。
なるほどそうなのだろうなぁと思うことばかりです。

しかし、
今の先生にしか習ったことはありませんし、
また、習い始めたときにも、
あちこち訪ね歩いたわけでもなく、
先生を「選んだ」経験が、
まだありません。

そのため、

 どんな先生に習うべきか。
 そういう先生をどうやって見つけるべきか。

について、
経験から言えることがほとんどありませんので、
特別ここで取り上げて考えたりは、
しないことにします。


一方で。


先生が決まり、
習い始めてからは、
「教わる」者として出来ることが、
色々あるのではないだろうか、
と考えてきました。


学習者のできること。すべきこと。


色々ありましょうが、
そのなかで、
一般的な器楽演奏の上達のコツ、
について私の思うところは、
下記の記事で書きました。


早く上達する人の特徴? (1)お手本をよく見て真似をする
早く上達する人の特徴? (2)自分の体をよく観察し意識する
早く上達する人の特徴? (3)毎日少しでも練習する



しかし、それとはまた別に、

「より良いレッスンをする」

ために出来ること、すべきことがある、
とも思います。


その中でも、

 予習・復習をしっかりすること

というのは、
特に字数を割いて考えなくても、
必要かつ効果的であろうと、
想像も出来ますし、
実感も出来ます。

ただその楽譜を弾くだけではなく、
その楽譜は、
・どのように弾くべきか
・注意すべき点は何か
・練習曲だとしたら、その目的は何か
などを念頭に置いて課題を明確化し、
その課題を解決・修得すべく、
ねらいをもち、集中して、練習する。

そのとき、
「課題を明確化する」ために、
レッスンで先生から教わることは、
絶大な効果があります。

むしろ、
私を含め、多くの学習者の方にとっては、
先生の助けなくして、
「課題の明確化」は不可能ではないだろうか?
とさえ、思います。


教わる側として出来ることのひとつは、
レッスンで与えられた「課題」を、
強く意識して練習すること。


いつも当ブログを読んで頂いている方ならご存じのように、
私は毎回のレッスンのあと、
そこで指摘された内容の記録をつけています。

それは、
その意識をもつため、
また、具体的にどうすべきかを明確にするため、
です。

残念ながら、
次のレッスンまでにそのすべてを克服できる、
ということはまずありませんし、
何度も同じような内容を指摘されたりもしますが、
それでも役には立っているようです。


課題の明確化と集中的な練習。


これが、
「教わる」者として出来ることとして、
まず思い浮かぶこと。

ですが、

実はもうひとつ、
これとは違うものがありまして。

「教える」「教わる」を考えるとき、
そちらのほうが、より本質的で、
かつ、
「大人の趣味」としての器楽の学習には、
より重要なのでは、
と考えています。

次の記事ではそのあたりのことを書きますね。



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レッスンは共同作業、というあたりの話です。

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先生の禁句「どうして出来ないの」


先日の記事で、
「自分が出来る」
と、
「それを人に教える」
というのは、
かなり違うのではないか、
ということ、

そして、
大学の教員である私が、
その問題に突き当たっていること、
さらに、
演奏家としての教育を受けた、
楽器の先生も似たような課題があるのでは、
と思いついたことを書きました。


自分が出来るのと、教えるのとは全然違う。大学教員と楽器の先生の共通点?
(多くのコメントを頂いておりますが、
 訳あってお返事はいましばらくお待ち頂きとうございます。)



「教える」「教わる」ことについて、
ほかにも思うことは沢山あります。
個人的な課題も、
組織としての課題も、
社会としての課題も。

ですが、
当ブログはチェロブログですし、
あまり大きなことを言おうとすると、
底の浅さがバレてしまいますので(笑)、
私の経験の範囲内で、
特に音楽を中心にして、
感じたこと、考えたことを、書きますね。


さて。



今日のテーマは「先生の禁句」。

これは、私が「教える」立場にあるときに、
キモに命じていることです。

これまでの「教える」経験は、

・学生時代、家庭教師をしていた
  (30人くらいは教えたと思います)
・学部生時代、音楽サークルで後輩指導
  (当時の楽器についてはこちらの記事をどうぞ)
・大学院の研究室で、学生の指導

こんな感じ。


いずれの場合も、
自分はすでに「出来る」「分かる」ことを、
年下の人に教える、という立場でした。

教わる方の人はホントに色々で、

少し教えただけですぐに応用まで出来る人、
教えたことだけはきっちり出来る人、
沢山教えてようやく少し出来る人、
言われたことだけを忠実にする人、
やりたいことだけしかしない人、
言われたこと以上にやってくる人、
教えられるのが嫌そうな人、
どんどん先に進みたがる人、
いまいるところにこだわって先に進めない人、
疑問を持ったらとことん追求する人、
意義を納得しない限りやりたくない人、
よく分からないけどやってみようという人、

などなど、実に様々でした。

その人に適した指導があるはず、
と思ってこちらも工夫するのですが、
その中で、
私が絶対に言わないと決めていたのが、

「何で出来ないのか」

です。

これ、客観的にみると、
先生がいうセリフとしては、
破綻してるんです。

というのは、
どのような生徒であれ、
もともと「出来ない」人を、
「出来ようにする」のが、
先生の仕事でしょう。



とすると、

「何で出来ないのか」

に対する答えは、

「先生の教え方が悪いからです」

になってしまうのです!



そしてこの、

「どうしてこの人はこれが出来ないのだろう」

という問いは、
先生が自分自身に問いかけるもの。

そして、

「この人が出来るようになるには、
 私はどうしたらいいのだろう」

というのを考え、実践するのが、
先生の仕事、そのものだと、
私は思っていますし、
今までの「教える」経験の中では、
そうするべく、
生徒をよく観察し、
問題点を発見し、
その人に適した解決方法を、
その人に適した伝え方で、
指導しようと努めてきました。


このとき、

「私は簡単に出来た」

ということは、

「だからこの人も同じように出来るはず」

とは決して考えません。

そうではなく、

「だからこの人も「出来るようになれる」はず」

と考えます。(似てるようで全然違います)



一方、
私が「教わる」立場になったとき。

幸いにして、
音楽や、学問に関することでは、

「何で出来ないのか」

と言われたことは、未だありません。

(ほかの分野ではあります。スポーツとか・・・)



もしも私がチェロの先生に、

「どうして出来ないのか」

と言われたら、

「どうすれば出来るようになりますか?」

と聞き返すだろうと思います。

だって、それを教わりに来ているのですから!


とはいえ、

「どうすれば出来るようになるだろう」


というのは、教わっている私としても、
常に考えていることですけど、ね。



以上、本日は、私のおもう、
先生の「禁句」についてでした。





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そもそもあの「何で」は問いでさえ、ない。

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自分が出来るのと、教えるのとは全然違う。大学教員と楽器の先生の共通点?

この春まで大学院生だった私が、
教員として大学に勤めるようになり、
驚いたことが二つあります。

ひとつめは、勤務時間。


他の職場でも「フレックス制」で、
勤務時間帯を自分で選べたりする、
ということは知っていました。

ところが。

労働条件の書類をよくみると、

「○時○分~○時○分を基本とし、
 労働者の裁量に委ねる」

とあるのです。

なんだこりゃ?
と思っていたところ、
組合(入ってません)から届いたニュースレターで、
タイミング良くそのことが説明されていました。

なんでもこれは、
「専門職裁量労働制」とかいうやつらしく、
一昔前にニュースになった、
「残業代ゼロ制」、
ときの大臣曰く、
「パパ早く帰ろう制」
なのだそうです。

で、その要点は、

・働く時間は、時間帯も長さも労働者が決める
・実際の労働時間の長さに関わらず、
 決められた時間(7時間45分)働いたとみなされる
・深夜、休日は別扱い(手当?がでる)

のだそうです。

なるほど。

つまり、
一応の出勤時間の目安はあるけれど、
その時間に縛られはしない、と。

では実際どう運用されているかというと、
私の知っている範囲での先生方は、
出勤時間は色々、というのはそのとおりです。
しかし、
7時間45分以上大学にいる日がほとんですし、
深夜勤務、休日出勤の制度を利用したという話は、
聞いたことがありませんし、
おそらく自分が労働者だとさえ思っていない・・・
ように見受けられます。

これが驚いたことひとつめ。


もうひとつ、驚いたのは、

「大学で教える」ためには、

試験もなければ、
資格も不要で、
さらに、
「教える」ためのトレーニングさえ、
事実上、ない。

ふつう、「先生」になるには、
大学で教育学を履修し、
教育実習に行き、
資格試験にパスしたうえで、
採用試験に通る必要があります。

が、
大学の先生になるには、
最後のひとつ、採用試験だけ通ればOK。
(「試験」というほうどの試験もありませんが・・・)

教室で講義をしたり、
研究室で研究指導をしたり、
といったことに関して、
実質的な訓練はない・・・ようなのです。

あえていうなら、全部実地研修。

これには、
大学の二大使命「教育」と「研究」のうち、
研究がより重視されていて云々、
というようなこともありましょう。

しかし、おそらく、より大きな理由は、

「専門を究めた研究者であれば、
 それを教えることも出来るはず」

という、
素朴な信頼があるのでは、と想像します。


ですが、
多少なりとも人にものを「教える」経験をした方なら、
けっこうな割合でご賛同頂けるのではないかと思うのですが、

「自分が出来る」

ことと、

「それを人に教える」

こととは、

だいぶ違いますよね?


もちろん、
物理のことを全く知らずに物理学は教えられませんし、
日本語しか分からない人は英語の教師になれないでしょうし、
チェロの弾けないチェロの先生、
というのはちょっと想像しづらい。

ですので、

「自分が出来る」

ことは、

「人に教える」

ための条件には、なるのでしょう。
(そうでもないことさえ、ありますが、それはまた別の話)


しかし。

ほとんどの大学生は、
小学校レベルの教科の内容は「出来る」でしょうけれど、
それを小学校で「教える」ことは、
たぶん、出来ないだろうと思います。
(少なくとも私はムリ)

先生というのは、
その教える内容のみならず、
「教える」ことの専門家でもある。


また、例えば大学の先生の場合、
大学の先生になるためには、
大学・大学院で相当な期間、
学習・研究をしてきているはずです。

その間、自らは生徒として、
講義、研究指導を受けてきています。

ですので、
教える立場になったときには、
自分がしてもらっていたことを、
してあげればよい、
と思うかもしれません。


が。


大学で学ぶ多くの学生の中で、
大学の先生になるような人って、
ほんの少しです。

言ってしまえば、
相当な変わり者。

「多くの学生」の平均からは、
そうとう、外れていると考えてよろしい。


ですので、

「自分はこう教わった」
「自分が生徒のときはこう感じた」

ということをもとに教えようとすると、

「多くの学生は自分とは全然違う」

という壁に、ぶつかる。


にもかかわらず、
「大学で教える」ための訓練って、
ほとんどないに等しいんですよねぇ。

これ、大学に就職して驚いたことのふたつめです。



さて、ようやく本題。



大学の先生と同じようなことが、
楽器の先生にも起きているのではなかろうか、
と思ったのでした。


私の知る限り、
ほとんどの「楽器の先生」は、
年齢がひと桁のうちに楽器を始め、
毎日数時間以上の練習を10年以上続け、
高校では音楽のコースに進み、
どこかの音大の器楽のコースに進学し、
そこでみっちり音楽全般と器楽演奏の訓練を受けてきた、
という方々です。

これは、
演奏家を養成するための典型的な過程といえましょう。

ですから、
たまに例外もあるにせよ、
「楽器の演奏」にかけては、
相当な水準に到達している・・・はずです。


そうして、
それまでの人生の大半を費やして、
プロの演奏家としての訓練を受けてきた方が、
「楽器の先生」になる。

このとき、
その生徒の中には、
先生ご自身と同じように、
プロの演奏家へのコースにのっている生徒もいるでしょう。

しかし、私のように、
また、
当ブログの読者の皆様にも多数いらっしゃいますように、
「趣味」、ことに、「大人の趣味」として、
楽器を習う、という生徒も、
相当数いるものと想像されます。


そしてその多くは、
その「先生」とは、
かなり違った教育・訓練を受けていて、
音楽については知識も技術も、
専門家に比べれば、ないに等しい。


演奏家としての訓練ばかり受けてきた人が、
演奏家とはまったく違う生徒に、
演奏を教える。


私自身が今、
「自分が出来る」
から、
「人に教える」
への転換、対応を迫られているように、
楽器の先生方も、
同様の問題に当たっているのかもしれないな、
と思うのでした。

そして、
であれば、
「アマチュアに楽器を教える」ための、
教授法、その訓練なども、
研究されてしかるべき、とも思います。

また、
お稽古人口の大きなピアノなどでは、
相当研究されているのだろうな、
とも想像するのでした。




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久しぶりに長い記事を書いた!

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プロフィール

ククーロ

Author:ククーロ
18歳のときに「チェロを弾こう!」と決め、28歳でようやく始めました(2009年2月)。練習の記録と好きな音楽の紹介をしています。よろしくお願いします。京都在住です。


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