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配るモトが増えないと・・・文化予算について再びちょっとだけ考える


しるくらさんのブログで、
文化予算を増やそう!という活動について
書かれてありました。

文化とは『私』である

「文化予算の増額を求める100万人署名」
とういものがあるそうですね。

政府の活動、特に国家予算と、
その文化・芸術への使い方については、
昨年の暮れにも考えたことを記事にしています。


国家予算の使い方と音楽


私の基本的な考え方は、
当時とかわっていません。

すなわち、

・予算の総額に制約がある以上、
 何かを増やすには他の何かを減らさねばならない

・その価値判断をするのが国民の代表たる政治家の任

・主権者たる国民からその判断への働き掛けは、
 どんどんすればよい

・医療、福祉、教育、治安などを差し置いてでも、
 「芸術への予算を増やせ」とは、私には言えない

といったところです。


また、しるくらさんは、
池辺晋一郎氏のメッセージも紹介されてらっしゃいます。

大切なのは経済!と皆さんが言いますが、考えてみてください、経済は「目的」にはならない。「何か」のために大切なのです。
では、その「何か」とは何か── それこそが「文化」なのじゃありませんか。
なぜなら文化とは「心」。そして、心を大切にするからこそ、私たちは人間なのです。「経済」で角を突き合わせたこともあった。戦争や環境破壊もあった........。
でも、人間は賢いはず。真の豊かさへ向かって進んでいくはず。だとしたら、それは「文化」を大切にすることとイコール。これからの時代は、そうなるはずなのです! ──だから、もっと文化を!



「もっと文化を!」には、
もちろん、私も賛同できます。

そして、
(というか、しかし、というか)、
池辺氏のおっしゃるように、

「経済」の目的が「文化」であるとしたら。

言いかえると、

「経済」が「文化」のための手段であるとしたら。

経済をなんとか調子よくしないことには、
文化は成り立たない、ともいえます。


だとしたら、政府の仕事としては、

1.経済がよりよくまわるようにすること
2.その結果として税収を増やすこと
3.増やした税収によって文化予算を拡充すること

という順番になりそうです。


経済の成長、税収の増加なしに、
文化予算を拡充しようとすれば、
必ず、

 では、そのかわりにどこを減らすのか?

という議論になってしまい、
あまり生産的とは言い難く、
また、
国民の代表の価値判断として、

 医療、福祉、教育、治安、雇用などを差し置いてでも、
 文化・芸術への予算を増やす

とは、
なかなかならないのではないだろうか、、、

そして、文化の立場からいえば、
そういう議論に持ち込むのは、
甚だ不利ではないだろうか、
と思うのでした。


実際、色々な場面でいわれる、

「これが問題だ」
「だから政府はこうしろ」
「なんで政府はこうしないんだ」

というようなことの中には、
経済が成長し、
政府の予算が潤沢にあれば解決する、
というものも少なくありません。

(そうでないものも、もちろん沢山あります。
 例えば外交・防衛などはお金だけの問題ではないですね)




ですので、
音楽愛好家である私としては、

「文化予算を増やす」

ことよりも、

「経済をよりよくする」

ような政策を、
政府に期待したいと思います。




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ちょっとは予算に関わる仕事もしているので・・・
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国家予算の使い方と音楽

私は公務員ではありませんが、
国や地方自治体の政策決定に遠巻きながら関連する仕事をしています。
また、一方で、私の仕事自体が国や地方自治体の事業になることもあります。

そういうわけで、
例の「事業仕分け」についても関心はありましたし、
方法や結果、さらにそれに対する各方面の反応、
より一般的に政策や予算の決定方法、
さらには公務員と政治家という仕組みについて、
思うところも色々あります。


なぜ事業仕分けをするのか、というと、
政府にお金がないから、ですよね。

予算を効率的に使うためではなく、
ちょっとでも歳出を減らしたいから、ですよね。

今行われている事業は、
どれもこれも、
少なくともそれが始まったときには、
そうする理由があって始めたはず。
それをしてほしい人がいて、
それをするには何かの意義があって、
始めたことでありましょう。

例えその「意義」が、
ごく少数の人々の私利に関することであったとしても。
(そもそも国民の私利を高めることが国家の目的です)

ということは、
国家予算に余裕があるのなら、
その事業から恩恵を受けている人は、
続けてほしいと思っているはずです。

ですから、どんな事業を廃止・減額の対象にしようと、
その対象になった人や団体からは、
反対の声が上がって当然。

そんなことは、する前から分かっていることです。

しかし、その全てをするには、国家の予算が足りなさ過ぎる。
これを解決するには、国民経済全体を成長させるしかありません。
ですが、すぐにはそれが出来ないのも自明。
(出来たらとっくにやってます)

そこで、限られた予算の中から、
どのような事業を続けるのかを決める必要がある。

何かを選ぶこととは、それ以外を捨てること。

何をとり、何を捨てるか。
その価値判断をするのが政府の、
つまり、国民の負託を受けた代表者の、
仕事でありましょう。

それに対して様々な意見を表明することは、
傾向としてはよいことだと私は思っていますが、
 (無関心でいると、関心を持った頃には、
 すでに取り返しがつかなくなっていたりしますから、ね)
そのような決定をする、
そのような価値判断をする、
代表者を選んだのは、
私たち投票者であるということを、
忘れてはならないと思っています。

当ブログは基本的に、音楽の話題を扱うことにしています。
今回の事業仕分けでも、芸術・文化に関する予算が、
相当程度、減額・廃止の対象になったようですね。

様々な声があがること、
それが政策決定の現場へ届くこと。
よいことだと私は思います。

が、「政策決定の現場」のほうを、
多少なりとも知っている私としては、
予算編成の任にあたる方々は、

「これを残せというのなら、かわりにどれを減らせというのか」

と、思っているのではないだろうか、
と想像するのです。

そして、結局のところ、
どれを残し、どれを減らすかを決めるのが、
上述の通り、国民の負託を受けた、
私たちの代表者であるところの政治家と、
政治家から任を受けた、公務員であり「仕分け人」です。

もしも「仕分け」の結果が意に沿わないと感じるのであれば、
そもそもそういう結果を出すような人々を、
政策決定者として国会に送り込んだ、
(あるいは、この数十年送り込み続けてきた)、
私たち自身の投票行動をこそ、
省みる必要があるのではないか、
と思うのです。


*    *     *


全ての要求を満たす解は、
経済成長による国家予算の自然増しかありません。

それがすぐには出来ない以上、
必ずどこかが制約されます。

私は芸術に高い価値を認めますが、
であればこそCDを買い、コンサートに行きますが、
例えば芸術と医療とを比較して、
あるいは養育への補助金とを比較して、
それでも芸術に予算を支出せよと言う自信はないのです。



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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

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プロフィール

ククーロ

Author:ククーロ
18歳のときに「チェロを弾こう!」と決め、28歳でようやく始めました(2009年2月)。練習の記録と好きな音楽の紹介をしています。よろしくお願いします。京都在住です。


◆ お気に入りCD ◆

アクアトリニティ
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サイトウ・チェロ・アンサンブル
クレンゲル「讃歌」
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ヨーヨー・マ
ソング・オブ・ジョイアンドピース <歓喜と平和の歌>
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ショパン・チェロ曲集
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